書籍 「大分裂 遠い崖 アーネスト・サトウ日記抄 10」 (1)2009年08月12日 11時38分49秒

 購入してから時間が経ってしまいましたが、やっと読み始めることができました。毎月一冊ずつ読み進めていこうとおもっています。そのペースだと、年内に読み終えることができます。

 岩倉らが欧州を歴訪している間に、留守政府では4つの大きな問題が起きていました。第一が島津光久と西郷、政府との関係悪化、第二に大蔵省と各省との予算をめぐる対立、第三に台湾に遭難して漂着した琉球民54名を殺したことによる台湾と清国との関係悪化、第四に朝鮮との外交理念の違いによる対応などがあった。そのため、大政大臣三条実美は、大久保と木戸に帰国命令を出します。

 このころ明治維新の象徴である新橋、横浜間に鉄道が開通します。開業式には、天皇、旧大名、政府高官、在日外交団が招待されました。しかし、この開業式に島津家と西郷は出席しませんでした。これは、島津家の当主である島津久光の機嫌を損じないためであったとされています。イギリス代理公使のワトソンは、開業式において御門が国民へ語りかけたのは千年以上絶えている事や、その天皇の勅語をイギリスへ報告しています。

 政府は、廃藩置県以来、政府への憎悪を強めている島津久光の鹿児島へ、天皇の西国巡幸を行うことにした。鹿児島滞在の十日間で、久光は西郷や大久保が政府の仕事をすることに否定的な直言をおこないます。反対に天皇に同行していた西郷が、鹿児島滞在の十日間で一度も久光を訪ねることがなかったため、久光は激怒します。

 この頃の西郷は、勝と頻繁に会い、島津久光に関することを相談していました。そのなかで、三条に久光から書状が届き、三条、勝は西郷へ、久光に対して詫びるように進めます。そして、西郷は久光を訪ねますが、西郷は犯罪者の扱いをされます。西郷は引きこもってしまいます。西郷を呼び戻すために、三条は久光の東京への来訪を検討します。その久光の説得に、政府は勝を使者として送ります。

 勝は、久光に徳川家のようになりたくなければ、耐えることを進めます。そして、久光は東京に来ることになります。このころ、すでにイギリス公使のパークスは日本に戻っていました。外国の公使らも、島津久光の東京への上京の動向に注視していたようです。

 「大分裂  遠い崖 アーネスト・サトウ日記抄 10」、萩原 延壽、朝日文庫