書籍 「永遠平和のために/啓蒙とは何か」 (2) ― 2009年02月28日 22時03分10秒
この書籍は、やはり内容が深いので、各章ごとに感想を記載していきます。
第2章 「世界市民という視点からみた普遍史の理念」
人間の意志が現象として示されている人間の行動は、ほかのすべての自然の出来事と同じように、一般的な自然法則によって定められている。個々の人間は、自分の意志に従いながら自分の意図を実現しようと努力しているが、このことは自然の意図にいつの間にか従っていることである。自分が自然の意図を推進していることに気づかない、または、あまりそれを重要なものとは考えていない。
人間には、集まって社会を形成しようとする傾向がそなわっている。社会を形成してこそ、自分が人間であることを、そして自分の自然な素質が発展していくことを感じている。ところが反対に、自分の意のままにしようとする非社交的な傾向がある。この非社交的な抵抗こそが、人間にそなわるすべての力を覚醒させる。この非社交的な特性は好ましいものではないが、こうした特性がなければ、人間は仲間内で完全な協調と満足と相互の愛のうちで暮らすことになり、人間の才能が埋没してしまう。そのような人間は、自分たちが飼っている羊のように善良にはなれるが、自分たちは羊と同じ価値しかないと考えるようになるだろう。人間は、協調性が欠けて、互いを妬み、争いを求め、嫉妬心を備えていること、満たされることのない所有欲、支配欲にかられることを、自然に感謝すべきなのである。
人類が自然によって解決することを迫られている最大の問題は、普遍的な形で法を施行する市民社会を形成することである。このような社会でなければ、自然の最大の意図である人間の素質を発展させるという意図が実現されない。さらに人類が最後に解決すべき問題がある。人間は仲間とともに暮らす際に、一人の支配者を必要とする動物である。問題なのは、この支配者をどこから連れてくるかである。自らが正義であり、同時に人間でなければならない。この課題を完全に解決することは不可能である。だから自然は人間に対して理想に近づくことを課題とした。
戦争は、諸国家の新しい関係を構築し、既存の国家を破壊し、新しい国家を樹立する試みであり、人間の意図よりも、自然が意図するものである。この戦争を繰り返すことで、最後には善良な市民的な体制を確立し、維持することができよう。自然は、人類を動物性という低い段階から人間性という最高の段階まで段階的に引き上げて達成させようとしている。一見したところ野蛮な素質を人間に植え付けておき、これを利用して段階的に発展させていると考えられる。
人類の歴史の全体は、自然の隠された計画が実現されるプロセスとみることができる。自然が計画しているのは、人類において完全な市民的連合を樹立することである。
意外に短い文章でしたが、この章の中は、さらに多くの節に分かれてあり、読みやすくなっています。訳者が読みやすいように内容によって、分けているようです。カントの考え方などはわかりすく、書かれてあります。訳者の解説で、文章や言い回しなどが、その時代の思想家の影響を受けていることなどが書かれてあります。書籍の内容、訳者の解説も読むと楽しめる書籍です。しかし、この書籍が書かれてから数百年経っていますが、世界市民的連合の樹立は、まだ程遠い感じです。
「永遠平和のために/啓蒙とは何か」、イマヌエル・カント、(中山 元)、光文社古典新訳文庫