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短編小説 「休息」2008年11月07日 23時21分57秒

投稿作品

題名「休息」

 手にしていたカップを、ゆっくりと置いた。カップの音、椅子のきしむ音、それだけが室内に響いた。今日の窓から見る景色は、空が澄み切った青色で、遠くに大きな雲が見えるが、いつもと変わらない。私は、家事を一通り終えると、今日も、昨日と同じようにテーブルに座り、一人でお茶を飲む。

 もう、あの日から3年経った。県内の大学を卒業して、就職活動もせずに何をするかと思っていたら、広志も、お父さんと同じことを言い出した。そして、「僕が世界を変えてくる」と言って、家を出て行った。

 世界の様々なところから、広志とお父さんの手紙が届くことが、二人の生きている証であった。

 昨日の夜、広志から2週間前に届いた手紙を再び読んだ。二人は、一緒に非戦闘地区に入り、住民を安全な地区に誘導するボランティア活動のことが書かれてあった。その後、二人からの手紙はなかった。昨日、二人が所属している活動家の事務所から電話があったが、私は「わかりました」の返事を繰り返した記憶しかない。今日、二人の死亡を告げる内容の書類が届いた。

 書類は、テーブルの上に置いたままである。いつものように家事をしたが、時間だけがゆっくりと過ぎた。室内は、いつもと変わらない。いつか、この日が来ることは思っていたし、覚悟をしていたはずなのに、こんなにも、突然、訪れるものなのか。いま何をしたらいいのかわからない。

 いつになると世界は変わるのだろうか。家族がそろって、お茶ぐらいはたの飲みたい。ただそれだけなのに、もう、その当たり前のことが実現することはない。世界が平和になる日も、突然、訪れるものなのか。しかし、もう世界が変わっても、二人は戻ってくることはない。

 いまは椅子に座り、今日も、いつものように一人でお茶飲む。

(文字数:724)

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