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短編小説「躍らせてほしい」2006年12月03日 09時19分01秒

文章塾 第6回投稿作品

題名「躍らせてほしい」

 今年も、卒業式の後にパーティーが行われている。昨年と同様に、博史はパーティーの準備の手伝いをしたが、昨年と違うところは、いままで一緒に手伝いをしていた、二年先輩の直美が隣にいることである。パーティーでは、恒例のダンスが始まったが、二人は踊らずに壁にもたれて立っていた。

 「噂を聞いたんだけど、哲也さんに告白されたんだって」と踊っている人々を見ながら、やっと軽い感じで博史は言葉に出した。しかし、直美はうなずくだけであった。
 どのぐらい時間が経過したのだろうか、ダンス曲が変わった。直美が「踊ろうか」と言って、踊りの輪の中に行こうとした。「僕は卒業生ではないので、みんなと踊ってくれば」と言いかけたが、直美に手を引かれ、輪の中に引きずり込まれた。しかし、体の力が抜けていくのを踊りながら博史は感じていた。曲の途中で「疲れた」と、ホールの出口の方向に歩き出した。
 心配して後ろを付いてきた直美とホールを出たところで、「ずっと前から好きでした」と博史は振り返り言うと、直美は下を向きながら、小声で「いまさら言うわけ」と博史の横を通って、校門の方向に歩き出した。直美の後ろから、「もう、会えないんだよね」との博史の質問に、直美は「うん」とうなずいた。

 博史は、直美の手の上で踊り、哲也と天秤にかけられてもかまわないと思った。最後には哲也に負けない自負はあったので、ぜひ躍らせてほしかった。しかし、いまさら躍らせて、天秤にかけることをする直美ではないことを、博史自身がよく知っていた。

 直美は振り返ることなく、校門の角を曲がって行った。すでに陽が暮れはじめて宵の明星がきれいに見えていたが、直美が新たな人生を走り出しているのを感じた博史には、像がゆがんですぐに見えなくなってしまった。


以上 (文字数:732)

http://bunshoujuku.asablo.jp/blog/2006/02/20/261054
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